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(法話1 学ぶということ)

「学んだということの、たった1つの証しは、変わるということである。」もしもあなたが、仏法を学んだとするならば、どこかで、何かが、かわらなければなりません。もしも、あなたが、何1つ変わっていなければ、それは、何も学んでいないということです。させることにしました。月曜日から土曜日までは自宅から学校に通わせました。土曜日には学園に帰って、土曜日と日曜日は学園で泊まりました。自宅から高校に通うには、まず、家から駅まで歩きました。駅からは電車に乗り、次の駅で降り、そして再び歩きます。通いはじめた時、母親が尋ねました。「明日から、自転車で駅まで通う?」すると少女は「自転車では通わない。」と答えました。「どうして?」と母親は尋ねました。「だってしばらく自転車に乗っていないもの。もし、自転車に乗っていて、ころんで怪我でもすれば、学園の先生方が心配するかも知れないから」と、答えました。今まで、彼女は自分の都合しか言いませんでした。母親が注意しても、「うるさいわね、私の勝手でしょ」と答えるだけでした。「誰かが心配するかも知れない」なんて、言ったことがありませんでした。そのとき母親は、この子は変わったなと思いました。学園を出てから、彼女はしっかりと人生を歩むようになったのです。学んだということは、変わることなのです。

(法話2 いただきます)

天の橋立の北、丹後半島の東海岸の中頃に、伊根という漁港があります。湾沿いに、舟屋という2階建ての建物が並んでいます。一階の裏は、海とつながっていて、舟が、海から直接建物に入れるようになっています。つまり、現在、車が一階の車庫に入れるように、舟が直接一階に入れるように、作られているのです。伊根の湾の中ほどに、青島という島が浮かんでいます。鯨が湾の中に入ってくると、高台で見張っていた者がのろしを上げます。すると、湾の入り口付近の小屋にしまつていた網を出します。そこから、網を出し、青島まで網を引っ張ります。もう一方の入り口と、青島に網を張ります。すると、出口が島と網でふさがれて、鯨は湾から出られなくなります。こうやって漁民達は、力を合わせ、みんなで、鯨を捕まえていました。鯨は大きくて、1頭捕まえるだけで、多額の収入になった為、漁民はみんなで協力しあい、鯨を捕獲していました。鯨がたくさんいて、鯨を捕ってもよかった頃の、昔の話しです。あるとき、親子の鯨が湾の中に入ってきました。漁民達はのろしを上げ、網を張りました。もう鯨は逃げられません。そして、とうとう母鯨を捕獲しました。つまり、殺してしまったのです。網をはずしましたが、子供の鯨は、いつまでも母鯨のそばから離れません。いつまでも母くじらのそばにいました。そして、とうとう、子くじらも、つかまえられてしまいました。鯨は哺乳類ですから、母鯨は子を思い、子鯨は母を思います。その思いはとても強いものです。子鯨は母を思い、いつまでもその場所を離れず、とうとう捕まえられてしまいました。漁民達は、子鯨のその思いがいかにも哀れに思えました。そして、その母と子の鯨の為に、お墓を作ってやることになりました。今、青島には、鯨のお墓(墓石)が、3基たっています。

私達人間は、食べ物を食べます。魚を食べるということは、魚の命をいただくことです。野菜を食べるということは、野菜の命をいただくということです。私達は、命をはぐくむ為に、命をとらなければなりません。殺生は、悪なのです。仏教において、五悪の1つが、殺生です。罪を作りながらでなければ生きられない、それが命の存在です。すまないなあ、あなたの命をいただきます。その思いが、「いただきます」という言葉です。殺生は罪である。だが、殺生をしながらでなければ、生きていくことが出来ません。罪を作りながらでなければ生きていくことの出来ない存在。そんな、存在を凡夫といいます。仏教徒は、食事をとるとき、いただきます、と合掌して食べ物をいただくのです。

(紹介)
法信 公照(ほしな ひろあき)
法信寺住職/名古屋拘置所教誨師 

(参考)    
教誨師とは、少年院や刑務所に行って
宗教的なお話しをする、宗教家のことです。

法信 知己(ほしな ちき)
法信寺副住職/現在、心理学の学習をしています。

 

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